ちかごろのモノづくりについて考える。

まいど!愚蛤庵主人です。

 

つれづれなるままに、文章を書きます。

(もしかしたら、長くなるかも。その際はどうかお許しを)

 

最近、特に自動車業界で、やれ統合だ、技術提携だとやかましいです。

 

これは、いわゆる「危機感」からくるものと判断しています。

 

それではなぜ、「危機感」が生まれるのか。

単純に言えば、「モノが売れなくなってきている」からなんですね。

「どうしたら売れるだろう」「どうしたら、売れるモノがつくれるだろう」

・・・そんな発想からだと思います。

 

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パソコンやスマホもしかり。先日はサムスンの端末の失敗で、この先どうなるのかわからなくなってきました。

 

わたしはアップルのiPhone5sを利用していますけれども、当分買い換えることはないでしょう。

 

新機種に対して、あまり魅力を感じないんですよね。

 

以前にも言ったかもしれませんが、「あれもつける、これもつける」とか、「競業他社との差別化を図る」とかいうことに血道を上げていますが、わたしからみればそれほどの差異は感じられません。

 

技術がすでに頭打ち、需要がすでに頭打ちの状態なんです。いまは。

 

さらにいうと、これから、すくなくとも先進国での人口の増加は望めません。

 

そんななか、自動運転車、水素電池車、電気自動車など、新たな試みもありますが、それって、すべて内蔵されている電子機器制御に頼る傾向があります。

 

それらの試みが成功する見込みはどれだけあるのか。

わたしは楽観視していません。希望を持っていません。

 

法整備も及ばないまま、これらが市場に出回るころには、また様々な問題点が浮き彫りになってくると思います。

 

活路を見出す、ということばと、販路を拡大することを同じように考えていては、思う結果は得られないと思います。

いま、新しいものをつくるということは、人々に需要を持たせるということになりますが、そもそも需要はへるばかり。インフラを整備したところで、普及するかは別の話。

 

これから売れなくなるのだよ、というのを前提に考えるのが最優先なんじゃないかと思うんです。

 

巨大企業は、統合したり、事業提携をおこなったりすることで、なんとかしようと足掻いているようにしか見えないんですね。さらなる需要を生み出せるのか?

 

はなはだ疑問ではあります。

 

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しかも、昨今の不況で、需要が発生しない。

給料が上がらないし、そんななか、仕事をしても過重労働を強いられる。

それでも、給料が上がるのか。生活は維持できるのか。

自殺者は減るのか。

被災して、日々の生活を元に戻すのがやっと、という状況がそこここで見られます。

 

それにたいするケアができているかというと、わたしはできていないと思います。

 

こどもをきちんとしつけよう、親を敬わせよう、こどもを増やそう、なんていうのは、机上の空論にすぎません。現状をどうにかするために、まず政府がするべきことも多々あろうかと思います。

 

人間として生きていける、そんな環境をつくるのが最優先。

 

女性が社会進出するにしても、現状のシステムでは絶対無理。

こどもをどうするんでしょうね。保育所に預ければ、また、保育士の給料を上げれば、たしかに女性が働く時間も増えるでしょう。

 

そうなると、こんどはこどもにしわ寄せがくるんです。

 

家族で食卓を囲めますか?

 

大きな矛盾を孕んでいる気がしてなりません。

 

現実問題として、南スーダンに自衛隊を派遣することなんていらないし、そんな暇があったら、自衛隊を災害支援に集中させたほうがいい。

 

政治問題は、外交手段で収束させるしかない。

政治がどこに向いてるのか、どこを見るべきなのか、はっきり言ってわからない。

 

外交は大切ですが、内政をないがしろにしてまで、不必要な部分に血道を上げる必要は全くない。

 

モノが売れなくなっている原因、それに伴う労働条件の問題、これを早急に考え、解決していく必要がまず第一条件としてないといけないんじゃないか。

 

・・・そんなふうにおもいます。

 

では、またいずれ。愚蛤庵主人でした。

 

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